健康なからだを作っていく大切なこととしてまとめられた橋本敬三先生は
食事、呼吸、動作、想念
という4つのキーワードを掲げました。
1つ1つがそれぞれに深い分野ですが自分のからだを通していろいろ工夫したいものです。

ここではそれぞれのテーマに沿ってもう少しみてみたいと思います。

食の画像

息の画像

動の画像

想の画像

食について

わたしたちのからだ、肉体は、常に食べるものを代謝することによって維持されています。
生き続けるエネルギーもこの代謝によって生み出されます。
食べることは、生きることと同列といってもいいでしょう。
だからこそ、少しでもからだに良い食べもの情報の関心は高く、ネットや雑誌、テレビなどには健康食品の宣伝や食情報が溢れています。
これを食べると健康にいい。
これを食べたから病気になったんだ。
健康になりたければこれを食べなければダメだなどなど、、
でも、よく見ると同じ食品でも、食べるとよいという情報と、食べると健康被害があるという情報が混在していて情報の受け手が判断に迷い混乱しているケースもよく見受けられます。
今、わたしたちに必要なのは、何を食べたら健康になるという各論的情報ではなくどの食情報が正確で良心的なものなのかを判断する知識と自分のあたまで考える力なのかもしれません。
というわけで、氾濫する食情報に振り回されないためのお役立ち情報をいくつかご紹介します。

BuzzFeed 2017/08/02

食の世界はニセ情報だらけ おいしく健康的に食べるには何が必要か?

岩永直子記者

わたしも過去にはいろいろな食事療法を試しましたが、結論は”色々な食材をまんべんなくおいしくいただく”ということに尽きると思うようになりました。

食材のからだへの影響というのは多角的で複雑です。限局的な評価で偏った摂取をすると、マイナスの影響も高める可能性も出てきますし、他の食材を摂取する機会を減らしてしまうことにもなります。
リスク分散型の投資が賢いのではないでしょうか?

(光文社新書)新書 2017/5/17

効かない健康食品 危ない自然・天然

松永 和紀 (著)

先の記事の中でも紹介されている本です。
実際巷にあふれている食情報の多くがいい加減なものであることを分かりやすく解説している新書本です。
消費者庁パンフ
2017年10月2日
健康に良いことをうたった食品全般のことを、一般的に健康食品といいます。様々な健康食品が市場にありますが、同じような健康食品でも、国の制度に基づいて、安全性や効果が確認されているものと、そうでないものがあります。
しかし、その違いについて、よくわからないと感じる方もいらっしゃいます。
この冊子では、健康食品を理解し、利用する際に注意すべきポイントをご紹介します。(パンフレット前書きより)
公の機関が出している情報にもアンテナを張りたいです

朝日新聞 杉本崇2017年10月6日01時39分

日本人腎臓弱い「塩分とりすぎ、肥満注意」

日豪チーム

実際、どのような食材でも適量を超えて摂取すればからだには毒です。
塩分など一番身近で、うまみにもかかわるものなのでその摂取量には気を付けたいです。
塩分とりすぎによる高血圧、脳卒中、胃がんなどのリスクを高める研究結果は、出ています。

(光文社新書) 新書 2017/8/17

「代謝」がわかれば身体がわかる

大平 万里 (著)

『代謝』とは、からだの中で起こる化学反応の総称です。
食事をした後のからだの中で起こる消化、吸収、排泄、など物質の変化とエネルギー放出と吸収。
これらすべての化学反応の仕組みを『代謝』といいます。

これは新書にしては厚い本で、中の科学記号の図をみるとうんざりしてしまう方もいるかもしれません。
でも、その複雑な図も大変丁寧な説明と、実は図というよりイラストに近いものだとわかると頑張って読めるかもしれません。

中身を全部理解できなくとも(わたしもわからないところがたくさんあります、、)
代謝というものがこんなに複雑で精妙な仕組みだと知る上ではとても良い入門書です。

こうして様々な角度から巷の食情報を検証していくと、いかに都合よく耳触りの良い いい加減な情報が巷には溢れているかが、よくわかると思います。
『食について』改めて、結論”感謝を込めて、色々な食材をバランスよくおいしくいただく大事なことは、当たり前すぎて地味なんですよね。
具体的なバランスのよい食事については、以下の資料が参考になります。

「食事バランスガイド」について

「食事バランスガイド」は、望ましい食生活についてのメッセージを示した「食生活指針」を具体的な行動に結びつけるものとして、1日に「何を」「どれだけ」食べたらよいかの目安を分かりやすくイラストで示したものです。
厚生労働省と農林水産省の共同により2005年(平成17年)6月に策定されました。

息について

呼気と吸気のコントロールを考える

呼吸を考えるとき気になるのが、呼気と吸気の働きの違いやコントロールのやり方です。

基本的には呼気が副交感神経作用を促し、吸気が交感神経作用を促すと捉えられているようです。
この考えにのっ取って操体法、橋本敬三先生の著述でも息をはきながら動くと言うような表現がでてくるのでしょう。

しかし、施術者によって、施術技法によって同じような症例に呼気を使ったり、吸気を使ったりとその解釈や説明に統一性がないように見受けられます。

これはどういうことなんでしょうか?

呼吸というのは波のように死ぬまで延々と続くわけですから、呼気、吸気といっても、どの場面を切り取って説明しているのか、どの場面に刺激、効果を出したいのかの解釈、表現は結構難しいと思います。

つまりちょっとしたテクニックの違いや意識の持ちようで呼気の頂点で脱力しても、吸気の頂点で脱力しても、交感神経に刺激を与えることも出来るし、副交感神経に刺激を与えることもできるということです。

もちろん説明、表現している方は明確に目的意識をもって呼吸を用いているのでしょうが、その説明を受ける、聞き手側がその目的をちゃんと把握できているかは確かではありません。
ですから教えられたとおり呼吸を操作しても同じ効果が出せないということが起こりうるわけです。

ですから、呼吸をコントロールしようとして拘らなくてはいけないのは呼気、吸気ではなくて、目的意識だと思います。

動について

古武術の動きを通じて考える

身体操作を知るうえでとても参考になる武術系の動きなどを考えてみました。

様々なスポーツの分野などで今注目されているのが古武術の体さばきです。
「なんば歩き」ということばもどこかで耳にした方も多いと思います。

「蹴らない」「ひねらない」「支点を作らない」「からだを割って使う」など様々なキーワードを掲げ従来当たり前と思っていた動作の概念を大きく揺さぶってくれたのは、武術家の甲野善紀先生です。

私にとって先生の伝えようとしている動きを体得することはなかなか難しいのですが先生やお弟子さんの言葉や自分のからだで感じたことは、ふつう生活動作を行う上でも、バランスを整える操体法を行う上でも参考になることがあると思います。

目からうろこと思っていたことも実は私たちのからだにはじめから備わっている機能なのです。

出来ないのではなく使っていないので少し感性の扉がさび付いているだけだと思います。

自分のからだという未知で深い世界をもっと旅してみましょう。

ブログでも”稽古覚え書き”などで日々気が付いたことを書いています。

からだを割って使うということ

操体法を行っているとよく連動という言葉を使います。
重心、軸、支点という概念で動作をとらえることは運動学や力学では当たり前のことでしたが、武術家甲野善紀先生はそれらの概念をことごとく覆してしまいました。

よく先生は「からだを割って使う」と言われます。
武術の場合相手を想定した動きですから自分の動きが予想されてしまっては技が決まりにくいので予測されにくい動きの研究ということから生まれてきたものと思われます。

足場を確保して(軸足で蹴って)体をひねってうねらせて支点など、使えばてこの原理で効率よく力を発揮することが出来るようですが、動作が始まってから目的達成までの時間のロスやエネルギーのロスが大きいというのです。

ほぼ一瞬に技をきめようとするときの動きを先生は小魚の群が方向を変えるときの状況にたとえて説明します。
からだの様々な細かい部分が同時に仕事をするのでその動きは、思いの外早く力を出した感じがしません。

これだけ書くと訓練された特殊な動きのように思われますが、日常のなかでも私たちはもしかしたら無意識のうちに反射的に行っているのではないかと考えられるのです。

たとえばのどが渇いて机の上にある水の入ったコップを手で取ろうとしたとき、私たちは軸やひねりを意識しているでしょうか?
電車で立っていて揺れに対応出来ずよろけて反射的に体勢を取り直そうとしたとき、足をふんばっているでしょうか?

そして案外ぎっくり腰やからだを壊すときの動きというのも瞬間それらの動きが出現しからだがそれについていけずに起こるのかもしれません。

動きには連動で説明出来るものと出来ないものがあるということです。
ましてやその後者が原因でからだが壊れたとしたらそれに対応する処置は無意識レベルの動きということかもしれません。

もう1つからだを割って使う例えとして手軽に体験できるものをお教えしましょう。

それは3Dアートをみることです。左目と右目で別々の物を見る立体視のことです。
目の動きも感覚を受容しコントロールするれっきとした動作です。

連動しない動きこれがコントロール出来たとき別の世界が見えてくることを実はもう多くの人が視覚を通じて体験しているのではないでしょうか?

肩甲骨をとらえる

甲野先生が提唱されているような動きを練習しようとするとき、理論でなく具体的にどのように動けばいいのかということですが、そのネックとなるのが肩甲骨のコントロールです。

もちろん丹田のことや膝のコントロールとか課題はいっぱいあるのですが現代の日常の動作でとくに偏りがちな体幹上部の動きと関連があるので取り上げてみました。

私たちの普段の姿勢では肩関節のポジションが前面に偏りがちで肩甲骨自体は、横から見て前方回旋傾向(下角が体表に浮き気味)になっていることが多いです。

この姿勢から動作に入るのでより肩を前に入れ込むようにして力が入りやすいのです。

この動きは腰を使っていない上体だけの動きで肩関節は不安定で首や肩甲帯のこりや疲れが出やすいパターンです。

肩甲骨というのは普段意識に上がりにくく全体に持ち上がり気味で体幹に張り付いたように固まったようになりがちです。

無駄な力を抜いて下げ気味ぐらいにコントロールして仕事をしたいものです。

*実際に動いて 肩甲骨の動きを体感してみましょう*

仰向けに寝て片手づつ又は両手とも肘を伸ばして指先を天井に向けて伸ばしていく
このとき肩や指でなく肩甲骨から動くように意識してやる
(背骨から肩甲骨が離れていく動き)
この場合背中が床についているので肩甲骨の動きを意識しやすい。

仰向けに寝て両手の平を合わせる。合わせた手のひらを右にひねったり左にひねったりする。このときも肩甲骨から動くつもりでやる。

工夫としては、肘を曲げる角度をかえたり、指先の方向をかえたり顔の向きや足の置き場を変えたりすると自分らしい動きが出てきます。

想について

想っているのは誰でしょう?

操体法をまとめられた橋本敬三先生は、自分の健康は自分自身で維持するものとして、食事、呼吸、動き、想念、そして環境というキーワードを私達に示してくださっています。

食事や呼吸、動きに関してはからだに関するものなので主体性がわかりやすいですが、「想」に関してはちょっと性質が違ってわかりにくいですよね。

先生自身の「想」に関するもので書き残された物としては、

感謝する心を大切に
きれいな言葉を発しなさい
人はもともと救われている

などがあります。
日本の古代思想や宗教にも造詣が深かった先生ならではのメッセージだと思います。

でも、よくよく考えると先生の有り難い言葉だと、受け取っているだけでいいのでしょうか?
自分で呼吸をして、自分で食べて、自分で動いて、そうしたら自分で考えるではないのかな?と、わたしは考えるようになったのです。

ところで自分で考えるとは、、、
考えている自分は誰なんでしょう?

認識主体は認識されない、なぜならば認識主体だから。
でも、今自分はここにいる!

この驚きに絶句しつつ、自分を丸ごと、世界を丸ごと捉えていきたい、世界を内側からも、外側からも考えていきたい。

まだまだ(きっと、ずーと)模索中ですが、そんな中気が付いたことをすこしづつ書き記していきたいと思います。
身体操作を知るうえでとても参考になる武術系の動きなどを考えてみました。