2020年4月15日号 No.662
「未病を治す」~身体のゆがみをなおす~操体法シリーズ 第11回
橋本敬三の操体法操法の中にみられる姿勢 跪坐(きざ)についての一考察
跪坐で行う操体法
橋本敬三先生が残した記録(写真集や書籍)の中には、座位での操法がいくつかありますが、跪坐での操法もいくつか紹介されています。
「快適な自力運動 」
私たちの日常生活では、物を持ち上げる・腕を伸ばす・腰を伸ばす、、、といったいくつかのパターン化した動きが主体となって営まれていますが、その中でも、重心を前に移動する(前かがみになる)動作が最も多いようです。
実はその動き(前移動)を維持・安定するためには左右の動き(捻る、倒す)が安定して出来なければならないという原則があります。
ですからこの項では、前後の安定を図る左右の動きを主体に、最も基本的な自力運動を掲載しました。
* 操体法写真解説集 橋本敬三監修 茂貫吉昭 編 白樹社 P119~121
この解説の後に以下の二つの座位でのつま先立ち運動が紹介されています
画像 写真集01
左右の動き(倒す)
腰を左右にスライドして動かしやすいほうを確認、調整する方法。
正坐の姿勢からかかとを上げ、つま先立ちになりその上に腰をのせ膝は床につけます。
これが、跪坐の姿勢です。
画像 写真集02
左右の動き(捻る)
画像02では跪坐の姿勢から、両手を膝の前について後ろを振り向く動きを行って捻りの動きの確認、調整をしています。
二つの操法の共通点は、踵が尻から離れない範囲で動くことです。
また、動いたときに痛まないような足指の柔軟性も求めています。
跪坐の操法で期待できる効果
写真集では、パターン化した日常の動作の中でも最も多いのが、重心を前に移動する(前かがみになる)動きとしています。
重心を前に移動する動きを維持、安定するためには、体幹の側屈系の動き、回旋系の動きが
安定して出来なければならないという原則があるとして。
最も基本的な自力運動として、跪坐での観察、調整を紹介しているわけで、
結論からすれば、重心を前に移動する動きを維持、安定するため、跪坐での操法が有効としているわけです。
跪坐は、正坐から立ち上がる途中の姿勢です。
動きの中で坐骨と踵の関連に注目しやすくスムーズな立位への移行のためのバランスや歩行に伴う 踵から足先、足指への連動をコントロールしやすい姿勢です。
跪坐は、正坐をしにくい人や膝を痛めている人、ヤンキー座りのようなしゃがんだ姿勢が苦手な人には適していない姿勢ですが、
動きを使った調整法の操体法としては、動きの連鎖(連動)を引き出しやすいので、相性のよい姿勢といえます。
姿勢や動きは様々な要因に影響される
写真集には、
私たちの日常生活では、物を持ち上げる・腕を伸ばす・腰を伸ばす、、、といったいくつかのパターン化した動きが主体となって営まれています
と書かれていますが、パターン化した動きのベースの姿勢は、社会システムや生活スタイルなど様々な要因に影響されます。
例えば、
社会システム、身分制度の上下関係
生活スタイル、食事、服装 職業 移動手段
そこに、気温や湿度など気候風土、自然環境も影響するでしょう
跪坐もその例外ではありません。
日常の生活ではあまり用いられない姿勢ですが、
弓道、合気道の構え、茶道などの所作として使われています。、
古典の絵巻物などを見ると、位の高い者に対する下級武士や従者の構えの姿勢として使われていたことが確認出来ます。
画像 『春日権現験記絵』(国会図書館デジタルアーカイブより)
跪坐の前提 正坐とは(正體術と正坐)
ここで少し跪坐の前段階の姿勢、正坐について考えてみます。
正坐が我々の生活の中に組み込まれていった時代背景、歴史を検証することも跪坐の操法を考察する上で重要と考えました。
正體術が広まった時代背景
操体法のルーツの一つ正體術の中で観察姿勢として、正坐を頻繁に取り上げています。
正體術は、
明治末期、大正から昭和初期にかけて広まった民間治療の系譜の一スタイルです。
正體術だけでなく、整体、療術などの他者治療系 健康法、養生法としての呼吸法などの自己治療系など我々が現在目にしたり体験することのできる調整体系の多くが時代的に、この辺りに起源を辿ることができます。
明治維新後、明治政府主導の新しい国家体制を形成していく過程で、伝統医学に代わって西洋医学が医療の主流として浸透していく中、
精神療法や民間治療 療術治療 自己治療系が組織だって台頭、民衆に支持され広まったのが明治後期から大正時代以降だったのです。*1
そして、正體術だけでなく、岡田式静座法など呼吸法や養生法の中で、基本姿勢、指標としてとして採用されたのが正坐でした。
国家戦略としての正坐利用
日本では明治の初め頃まで庶民には正坐の習慣はありませんでした
江戸時代の身分制度の解体という明治維新後の新しい政治体制の中
今までの幕藩体制から近代国家体制のもと国民として民衆をまとめていく上での意識改造の手段として教育システムが導入されました。
ここで、近代の日本人大衆に広く共通の姿勢に対する認識が意図的に作られていった経緯があります。
また、そこに大きく関与、後押した要因として、
・畳の普及などの住居環境の変化
・着物から洋服への衣服の変化
・明治の後期 脚気の原因の解明と治療予防に目処が立った
等があげられます。
1941年昭和16年当時の文部省は国民が心得るべき作法として国民礼法要項(正文館)を発表しました。
中略
今日正座を正しい座り方として公認し実践するように布告しています。
*正座と日本人
丁宗鐵 講談社 p26
画像 正體術の正坐
*復刻版 正體術矯正法 高橋迪雄 谷口書店より
正體術には正しい姿勢の例として正坐での解説をしています、しかしこのページでこの姿勢を正坐とは表現していません。実は、正體術の本の中に正坐という言葉は数えるほどしか出てきません。*2
明治時代まで「正座」(あるいは「正坐」)という言葉ほとんど使われていなかったからです。
私たちが「正座」と呼ぶ座り方は、先述のように、かつては「かしこまる」などと呼ばれていました。
また、共通語や標準語といった概念のない時代には、地域によっても、さまざまな言い方をしていたでしょう。それどころか、後述するように、正坐を示す方言は今でも実にたくさんあります。
*3
現在、わたしたちが普通に使っている言葉、正坐ですが、実際、日常生活の中の姿勢として浸透し、共通言語として定着したのは、かなり近代に入ってからでした。
このように人々の身体認識 生活、姿勢、日常の動作は社会体制、住居環境や生活スタイルに大きく影響され、それは時代や文化によって大きく変化するものです。
時代に即したニーズ 傾向 それに応えていくには。
矯正法としての正體術には跪坐は出てきません。正體術の本が出版されたのは1928年(昭和3年)。橋本先生が写真集を出版したのは1979年(昭和54年)。
橋本先生は、正坐から立ち上がる途中の姿勢、跪坐を取り入れることで、
自動運動を引き出し正體術をよりアクティブなスタイルに進化させました。
跪坐の特徴として、踵ー坐骨という基準点をからだに設定出来るという点があります。
これは、全身のバランスを整えていく上で重要な点です。
現代人はデスクワークによるパソコン作業、長時間のスマホ操作、車での移動など、
生活スタイルの中で、この踵ー坐骨感覚が希薄になっています。
感覚的に意識イメージしにくくなった 踵ー坐骨を意識化して
重力下での姿勢維持コントロールするのに跪坐の操法が効果的につかえます。
跪坐操法具体例>動画
そのような現代人の生活スタイルに対応した、具体的な操法の例として、川名が作成した動画をご紹介します。
動画>腎臓を元気にする操体法
この操法の特徴
敢えて坐骨 踵を固定して 調整したいところの動きを引き出す工夫をしている。
胸郭(特に下位)の捻れの動きを強調 側湾症の調整などにも有効。
感覚を引き出したい、意識化したいポイントを動かさない(固定 支点)ようにして、ある程度動きを拘束し、目的にかなったからだの使い方を引き出しやすいよう設計しました。
まとめ
操体法は、大正末期、昭和初期にまとめられた正體術の影響を受けています。
正體術が形成された時代は、明治維新後新しい国家体制を形成していく中で、学校教育などを通じて民衆を一つにまとめていく作業の形成期でした。
正坐という姿勢も、この時期前後で一般市民の生活の中に組み込まれていきました。
正體術の本を確認する限り、観察段階で、正しい姿勢(=バランスの取れた姿勢)としての正坐を強調しているが、跪座での矯正法は出てきません。
跪坐は正坐から立ち上がる途中の姿勢であるから、正坐以上に動きの要素を含んだ姿勢です。つまり操体法は、正體術を発展させよりアクティブな調整法としてまとめられていったとも解釈できます。
橋本先生は、正體術に触発されて次の時代に対応した新しい独自の世界を作り出したのです。
正體術の本が出版されてから約90年 操体法写真集が出版されてから約40年
社会状況、生活環境が大きく変化した時代に翻弄されながらも先人たちは生きていく知恵を残してくれました。
そして今 世界は気候変動の影響による度重なる災害、新型コロナウイルス感染症の大規模な流行などなど多くの困難に直面しています。
そんな中、わたしたち臨床家に出来ることとは、混迷した時代を生き抜くことができるこれからの操体法を構築、提示していく事だと思っています。
註
*1 近現代日本の民間精神療法 栗田秀彦塚田穂高 吉永進一編 国書刊行会 2019年
*2 「正體術矯正法」の中で 正坐という言葉は、4回使われていた。
・歪みの見つけ出し方 P36 挿絵(正坐)
・矯正法図解に就て P104 P105 (正座)
・症例59 産後のひどいリヨーマチス P269 挿絵(正座)
65症例中 使用は1症例のみ、
表記も(正坐)(正座)混在している。
ちなみに本原稿表記は(正坐)で統一しました。
*3 正座と日本人 丁宗鐵 講談社 2009年 P25
参考文献
日本人の座り方 矢田部英正 集英社新書2011年